マインドフルネスの勘違いをなくそう


マインドフルネスの状態を高めるためには練習が必要です。これまであまり気づかずに日常を過ごすことに慣れすぎてしまっていると一度マインドフルネスの練習を始めることでの驚きが多くあることでしょう。過去や未来のことで悩むのに対して、今の瞬間のあらゆることや体験していることに気づくようになります。

マインドフルネスには瞑想の練習があります。しかし瞑想に対して誤った認識がなされていることが多いようです。今一度マインドフルネスとは何かをおさらいしておきましょう。

マインドフルネスでも感情は抱く

マインドフルネスの練習をすると感情から解放されてホッとするようになるわけではないことが分かるでしょう。辛い状況にいるのであれば、周りのこと全てに対してマインドレスになりがちです。

心の中身を消すことや気づけるようになるには実際に時間がかかりますが、より鮮明な形で自分の感情に気づくようになります。 抱えているものを手放すにつれどのように感じているかを理解できるようになり驚くことでしょう。そして過食などの破壊的で注意散漫な状態を受け流すことで本当はどのように感じているのかということにより多く気づけるようになるでしょう。

マインドフルネスは心を無にするわけではない

マインドフルネスとは心をきれいさっぱり拭い去るようなことではありません。マインドフルネスの練習をすることであなたの心がどんな状態であるかを気づくため心のトレーニングをします。そして「今」の瞬間に考えていることに気づくようになるでしょう。心を無にすることや何も感じなくなることを目指してはいません。心や感情の使い方を学ぶことが目的です。

マインドフルネスとは幸せな人生を追求し続けることではない

瞑想の練習をすると多くの人が心がさまよってしまうことに悩みます。心が乱れ、考えを鎮めることが出来ていないことを自覚します。瞑想の練習をしていると幸せな心の状態が訪れては去っていき、幸せな状態を保持し続けたり、逆に不幸な状態を保持し続けたりさせないようになります。

マインドフルネスとは日常から逸することではない

マインドフルネスの瞑想の練習をすることは僧侶や尼僧になることでもなく、どこかの洞穴に住む世捨て人になるわけでもありません。そうではなく、ひと時の瞬間を十分に体験し「今」という瞬間に注意を向けるようになることです。

マインドフルネスは痛みから逃れることではない

マインドフルネスの瞑想の練習をすることは痛みを完全に除去するのが目的ではありません。むしろその痛みを調整出来るようになることです。生きているうえで極限の肉体的な痛みや感情的な痛みを経験することがあるかもしれません。しかしマインドフルネスの練習をすればするほど、その痛みを理解し、調整できる能力を持てるようになるでしょう。その痛みを和らげるために、痛みに抵抗することやその痛みを避けることを手放す必要があります。このようにして瞬間瞬間の気づきと受容のうえで痛みを感じるようになるのです。

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